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Artist's commentary
移動図書館と春の訪れ
月に一度やってくる移動図書館『開文車』。
古い路面電車を改装したこの図書館は、図書館どころか本屋すらない辺境の町に住む僕らにとって、月一の楽しみでもある。
電停に留まった電車に乗り込み今日は何を読もうかと本棚を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「今日のような暖かい日には、この小説などいかがですか?」
一冊の小説を手に立っていたのは、開文車の店主。
元は図書館司書だったそうで、今は奥さんの運転士さんと一緒に、開文車で図書館のない辺境まで本を届ける仕事をしているとのこと。
せっかくだからと勧められた本を持って着席。
読み始めるのと同じタイミングで、電車も動き出した。
途中いくつかの電停でお客さんを拾いながらのんびりと走る図書館電車。
その単調で心地のいい音と振動に揺られながら小説の世界に浸っていると、開け放した窓からふわりと桜の花びらが舞い込んできた。
思わず顔を上げると、満開の桜並木がゆっくりと車窓を流れている。
どうやら運転士さんが少し遠回りして桜並木を通るルートにしてくれているらしい。
粋な計らいに思わず笑みをこぼしつつ、店主おすすめの小説に再び目を落とす。
……開文車とともに春を満喫した僕は、電車から降りた時には春を描いた小説を数冊手に抱えていた。
春はまだ、はじまったばかりだ。