Artist's commentary
人造人間DIYUSI
淫ク☆歴114514年。
物や仕事、果ては人間の体まで、様々なものが少しずつ機械化していき、世界がちょっとずつ便利になったはずの時代。
人類の手に入れた機械化という叡智は瞬く間に広がっていき、しかし技術がいくら進歩しようと人類は変われなかった。
機械化した人間への偏見や差別、機械化信仰。歪みは加速度的に膨れ上がり、機械の体により力を得た者たちは暴走した。
犯罪の連鎖が人の世を狂わせ、イキスギた技術の乱用により、世界は混沌の渦に飲まれた。——
世界の中心である巨大都市「シモキタ」。そのさらに中心に聳える「いなりファクトリー(IF)」本社が放つサーチライトが、今日も町を見下ろしていた。
今や世界中の機械化技術を支配しているIFは、世界中の優秀な研究者や発明家などを集め半強制的に働かせて様々な開発を行っている。
そうして得た技術によりIFは、世界中で暴れている体を機械化した犯罪者「改造人間」達を始末するための完全な機械の兵士を生みだした。
改造人間を超える能力を持ち、任務を完璧にこなす機械「人造人間」である。
彼らはIFの作り上げた人工知能によって行動し、人間と区別する意味と反抗の意思を表さない為に、感情と声を持たず、体に取り付けられたモニターに表示される文章によって意思疎通を行う完璧な兵士となった。
IFの実験工場で作られた人造人間達は世界の各地へと送り込まれ、起動するとプログラムに従い周囲の改造人間達を粛清していく。
IFの機械化技術で生まれた改造人間を、同じくして生まれた人造人間が殺す、この異常な光景がこの世界の日常だった。
IFに軟禁される研究者である「平野 源五郎」と「ノエル・ハッキ・ヨイ」は、IFとそれが支配するこの世界を破壊する為に、作り上げた人造人間の一体に小さな火種を与えた。それは人造人間の製造において禁忌とされ、同時に不可能とされた感情回路「ハートのクッキー」だった。2人はそれを完成させ、「DIYUSI」と名付けられた人造人間に託した。
感情は彼女の足枷になる、戦う為に生まれる彼女の苦しみを増やす。それでもその小さな火種が、世界を感じた少女の心が、いつか輝く炎となって世界を壊してくれると信じて。
——シモキタの片隅の倉庫、明滅する蛍光灯が照らす室内で人造人間「DIYUSI」は目を覚ました。
ネズミのような丸い耳をピコピコと動かして、小柄な機械技師が顔を覗き込む。
「気がついたかい。しっかり元通り、直しておいたよ」
[ありがとうございました]
「それにしても驚いた、崩落から改造人間を庇って怪我する人造人間だ。何かと思えばとんでもないもの積んでるね、あんたの胸のそれ。感情回路「ハートのクッキー」だろ?」
[自分の中身を見た事はありませんが、私が他の人造人間と違い、感情を持っているのはそれが原因なのですか?]
「そうさね。私も噂でしか聞いた事が無いけど、間違いないだろうね。そうするとあんたの製造者は「平野博士」と「ノエル博士」か。」
[博士…。私が完成していなかった頃の、ぼんやりとした記憶に残っています、それと、2人と撮った写真の記憶が…。2人に聞きたかった、私がなぜ感情を持ってしまったのか。これが私の仕事の邪魔をする、改造人間は犯罪者で、始末することが私の仕事なのに…躊躇してしまう]
「…これが完成された感情回路ね」
その時、二人の会話を遮り倉庫にブザーが鳴り響く。
「またかい」
[これは?]
「うちの見張りからの合図さ、人造人間と改造人間がおっぱじめたらしい。行くとするかね」
[改造人間と戦いにですか?]
「いや、人造人間と戦いにね。改造人間の方は…犯罪者ならとっちめるさ」
[犯罪者だったら…?でも…改造人間は…]
「改造人間は全て犯罪者で粛清されるべき、そう言いたいんだろ?あんたは“そういう脳”を積んでるから仕方ないのさ。でもねあんたは人と同じ“心”も持ってる。一緒に付いてきな、その違和感に疑問を持てるなら、そのための心さ」
理解出来ずに立ち尽くすDIYUSI。そこへ慌ただしい足音が近づいてきて、倉庫の入口から3人の人影が覗く。彼らは体に機械の部分を持った改造人間だった。
「安心しな私の仲間だ。「エッグ」「ミルク」「フラワー」、IFの実験工場で生まれた人造人間のなり損ない、声を奪われた改造人間さ。中途半端に機械だけど心も体も人間、声は無いけどあんたと同じでモニターで会話出来る、頼もしいうちの働き屋だよ」
紹介された改造人間の3人はモニターに挨拶の言葉を表示しては、元気に手を振ったりしてみせる。
犯罪者であるはずの改造人間、それは全てでは無い?彼らの敵、人造人間である自分へ笑顔を向ける…その衝撃はDIYUSIの中にあった世界にヒビを入れた。
「私たちの目的も話す、この町で何が起きてるかも見せる、文字やデータなんかじゃなく、言葉と体験でね、あんたはそこからさ。それを感じてその先を考えられるのが博士達があんたにくれた心、感情だよ」
DIYUSIは完全に直ったはずの腕が小さく震えるのを抑えながら、車へと乗り込んだ。
この機械少女の世界に入った小さなヒビは、やがてこの歪んだ現実世界にも広がっていく。
何かが変わり、始まろうとしている、この世界を壊す小さな心が揺れ始めていた。