Artist's commentary
これがわたしの言葉
課題タイトル「宇宙鯨は恋と青春の夢を見る。」で描かせて頂きました。
以下、想定したあらすじ。
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彼女は突然僕の前に現れた。
暑さで頭がやられていたのだろうか。僕には、まるで彼女が宙から降って来たみたいに…いや、やめておこう。
ともかく、季節はうんざりするほど暑い夏、時刻は日暮前、見慣れた通学路の真ん中。彼女は道の真ん中に突っ立って、途方に暮れたように高い空を見ていた。持ち物は見たところバイオリンケース一つだけ。
僕の目線に気が付いたのか、彼女がふとこちらを向く。
その口元は、無骨な呼吸器で覆われていた。
翌日、彼女は僕の通う高校に現れ、転校生として紹介されるわけだけど、彼女は終始一言も声を発さなかった。
僕達の会話が彼女に聞こえているのかどうかもわからなかった。
僕達は一か月後に合唱コンクールを控えていて、ホームルームはほとんど歌の練習に費やされた。その間、口を呼吸器で覆われた彼女は、一人離れた場所でバイオリンケースを抱えて膝を揺らしていた。
彼女のたった一つの持ち物が飾りじゃないことを知ったのはほんの偶然。白いバイオリンが奏でる僕の知らない音楽は、夕日に照らされた放課後の教室の中で、ちょっぴり神聖なものにさえ感じられる気がした。
それから僕は、あの手この手を使って彼女との意思疎通を試みた。楽譜を使った暗号を書いたり、図書室の百科事典から伝えたい言葉を見つけて写真を見せたり。
彼女は真剣な面持ちで僕の手元に目を凝らす。ふいに彼女は僕が百科事典をめくる手を止めて、一枚の写真を指差した。
「52ヘルツの鯨?」
彼女は自分の胸を指差して、それから鯨の写真を指差して、最後に、まるで背伸びするみたいに、真上に手を伸ばした。
それが、僕に示された彼女の一番目の秘密。
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