Artist's commentary
紀元前4951年 邂逅
『遍歴の剣』という剣にまつわるシリーズイラストの二作目です。
読みづらいのが申し訳ないですが、ストーリーも書いてゆこうと思います。
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『遍歴の剣』Story 2
日が暮れる。
遠い山とヤシの茂みが、大きな一つの陰の塊になってゆく。
そろそろ帰らなければ。男はそう思った。
彼は小さな村で生まれた。村の周りには見渡す限りのアシの原野と、ゆったりと流れる大河があるくらいで、ほかにこれといったものは何もなかった。
魚を獲る。鳥を狩る。野草や果実を集める。川の水が溢れる場所へ種を播く。日々が同じ繰り返しの中で過ぎていった。
夜は焚き火に集まり語りあった。
男の父は〈一本ヤシ〉の方角へ十日ほど進んだ場所で、人が沢山いる大きな町を見たという話を繰り返した。そこでは大地をえぐり川の水を引くことで、乾きや氾濫に左右されない、安定した実りを得ているのだと言う。しかし、男には沢山の人がいる光景や、地形を変えるという途方もない仕事について、うまく想像することができなかった。
近頃は種を播いても、芽が出ないことが増えていた。
父が語る町のように深く穴を掘る人手はなく、種がよく育つ新たな土地を探すしかなかった。ある日、男は手頃な場所を見つけたが、別の村の一族と鉢合わせ、危うく殺されそうになり逃げ帰った。
十分に腹を満たせない暮らしの中で、やがて小さな妹は死んでいった。
今日も食物を集めるために男は野に出ていた。減った収穫を採集で補う必要があったのだ。
——一緒に来た父と弟はどこに行ったのだろう?
声を張り上げ名を呼ぶ。返事はない。辺りには、穏やかな風がアシを撫でるさわさわという音だけが響いている。
高い場所から探そうと考え、彼は近くの丘へと登っていった。横なぐりに照りつけ身体を熱する夕陽に、何故だか急かされているように感じて、男は足を早めた。
丘の上に着いたとき、妙なものを見つけた。
地面に突き刺さった何か。円柱状の短い部分と薄く長い部分でできている。
村で使っている粘土や石で作られた道具と似たものだろうかと男は考えた。だがそれは、村の道具よりもずっと精巧でずっと大きく、流れる水のようなかたちをしている。
恐る恐る土から引き抜いてみた。逆光のせいかと思ったが、近くで見るとそれ自体の色が真っ黒だった。もう一度地面に押し当ててみると、ほとんど抵抗なく土に刺さる。薄い部分はとても鋭利で、触れない方がよいことがわかった。
——殺されかけたあの日、これを持っていたら、妹は今でも生きていただろうか?
滑らかな表面に見惚れているうちにそんな考えが浮かんだ。胸のどこか、生物としての根源のような場所から、暗い予感が滲み出してきているのを彼は感じた。
目の前の物体は、夜と死の気配を放っていた。
そうだ、帰らなければな。と男は我に返った。眼下の野に目をやると、そう遠くない場所に父と弟の姿を見つける。
この道具を持って帰るか少し悩んだが、ざわつく胸を無視して、彼は道具を握りしめた。夕刻の黒く長い影を引き連れて、彼は丘を下っていった。