Artist's commentary
Prologue 昔々、あるところに…
『遍歴の剣』という剣にまつわるストーリーの連作をゆっくり描いていくつもりです。途中で関係のない別の絵も投稿すると思いますが、よろしくお願いいたします。
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『遍歴の剣』Story 1
バキバキと幹が折れ、無数の葉が擦れる音を立てながら倒れていく。
背の高いヘゴやソテツがひしめく原生林の中に、木を折った犯人の姿がチラリと覗いた。
地面を揺らす巨躯。アンバランスな四肢。いかにも捕食者らしい、牙の並んだ獰猛な顔。大きなトカゲだ。
トカゲは自らの巨体が木を薙ぎ倒すのを、気にも留めず、一点を見据えて歩いている。ガラス玉のような無表情な瞳の先にいるのは獲物だ。
ハンターよりも随分小柄な恐竜は、しなやかな体を揺らしながら木々の間を軽やかに逃げていく。
すぐ下の地面には、不幸にもすみかから滑り落ちた齧歯類のような生き物が転がっていた。
全身が毛で覆われた体はとても小さく、人間の手のひら程しかない。
彼のそばには、絶望的な体格差のある生き物がそびえるように立っている。食物連鎖の頂点に君臨するトカゲは、虫のように小さくか弱いこの存在に、全く気づいていない様子だ。
〈毛むくじゃら〉が生きる世界は、爬虫類たちのものだった。彼は時代の端役として、日々不条理に振り回されている。
不意に木から落ち、地面に叩きつけられた〈毛むくじゃら〉は、錯乱したまま、訳もわからず走り出した。
しかし彼の頭上には、ハンターの巨大な足が迫っている。
彼の空は覆われ、夜が来たように暗くなる。
〈毛むくじゃら〉が踏み潰されそうになったそのとき、辺りを赤い閃光が満たした。
目の奥まで焼きつくような刺激に、その場にいた生き物たちは、麻痺したように硬直した。
数秒後、ハンターが我にかえり、いきなり自らの意識が途切れたことに対して怒っているかのように暴れ出す。
一足先に正気を取り戻していた獲物は、すでに茂みの奥へと消えていた。
〈毛むくじゃら〉も泥の上に頼りない音を立てながら、その場から離れようと必死で駆け出している。
突然、遁走していた〈毛むくじゃら〉がぴたりと脚を止めた。
彼は呆けたように目の前にあるものを凝視している。
それは——彼が知るどんなものよりも黒い物体だった。
あまりに黒いので立体感が無く、周りの景色から浮いている。植物のように地面に突き立っているが木よりは随分背が低い。表面は薄く滑らかだ。
——ここにこんなものは無かったはずだ。
謎を解き明かそうとするような様子でじっと〈毛むくじゃら〉は見入っている。
彼はものを考えるということをしない生き物だったが、意識の端で、何かが引っ掛かっていた。
だが、彼の思索は突然絶たれた。
何かの気配に怯え、彼はまた走り出す。近づいてきたのは二本足で直立する生き物だ。
〈二本足〉——奇妙な服を着た男は、黒い異物のそばで何かを呟いている。
やがて、謎の男は、空間に走った裂け目に滑り込むようにして消えた。
再び辺りに赤い閃光が舞い、裂け目も閉じる。
事件は終わった。弱肉強食でありながらも、どこかのんびりとした熱帯の日常に、すべてが戻っていく。
逃げ出した〈毛むくじゃら〉はすでに自らが対峙した謎のことは忘れていた。彼のちっぽけな脳は、今日の飢えを満たすことを考えはじめた。
そして、武器を握る者のいない世界で、誰かを待つように、黒い剣だけが残された。