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Artist's commentary
#NegaResurrectionPLR P015
私を月へ連れて行って
シリーズ:novel/series/8632277
今週末、冬休みが明ける初日、第三の月サードムーンが日本を縦断すると聞いた。
サードムーンはいつもの月の代わりに不定期に出現する月だ。
大きさは第一の月と比べると小さいが非常に低高度、地表スレスレを不規則な軌道で移動する。
そして地球との距離が最も近くなった際に表面の開口部から伸びる月の腕が地球の様々な物を月の世界へと連れて行ってしまう。
月へ連れていかれた物がどうなるのかは知らない、誰も帰ってきてはいないから。
月には不思議な魔力があり人々を魅了している。
いつの日からか月への渡航は人々の夢となっていた。
先月欧米で映画『Fly Me to the Moon』(邦題:私を月へ連れて行って)が公開され大ヒットを記録する。
サードムーンからやって来た月の王子オーレイとカジノのバニーガールであるセダの恋愛物語で、最後は王子に連れられてセダはサードムーンへと旅立つのだ。
2周ぐらい時代遅れにも感じるベタベタな展開のお話だけど、人々の月への憧れが後押ししてか異例の大ヒットとなり、月の魔力に便乗した偽物の映画だと一部の映画ファン達をバチバチにキレさせた。
今冬から日本でも公開となりミーハーな私は早速彼のファンになった。
主演のネイディ・トレバーソンはむちゃむちゃにカッコ良いちょっぴりオリエンタルなイケメンで、本当に月から来たと言われても違和感はなかった。
映画、ドラマ、はたまたアニメ、いろんな娯楽が月への焦燥を駆り立てる。
とは言え月に行く手段なんてそう多くはなく唯一現実的な方法として人々はサードムーンが昇る日に精一杯のアピールをするのだ。
to the Moon! 私を月へ連れて行って! って。
私も月が日本を通る日に、いささか勇気を出して買ったバニーガールの衣装を用いて月へ向かう準備をした。
専用アプリによれば正午には都心部の上空を通過する。
勝負は午前中、月へは多くの人が連れていかれるがそれでも全体から見ればほんのごく僅か、その抽選を引き当てるため私は海で月を待つことにした。
次に日本の直上を飛ぶタイミングなんていつになるか解らない、月へ行くには今しか無いのだ。
冬の海岸へ自転車をこいで向かう、ビーチに着くと人影はまばらで無人の海の家を拝借して私は勝負服へと着替える。
ネット通販で買った出所不明のバニーガール衣装は冬の海に用いるにはあまりにも無防備過ぎたが、もはや引くことは出来なかった。
既に遠方に月は見えていて、そこから伸びた腕が海上をまさぐり大きな船や海上施設などを引き抜き月へと連れて行っていた。
「トゥーザッ、ムーン!! 私を! 月に!!」
月が近づくと周囲は鼓膜を振動するような巨大な音に包まれる。
次第に強くなるそれは音の壁のようになり、叫んだ声はその場ですりつぶされてしまい自分の耳にすら届かない。
そして口からは何もでなくなった。
月が陸に上がってからでは、私が選ばれる可能性は限りなく低くなる。
何も出ていなくても、それでも今叫ばなくてはいけなかった。
「来た!」
一本の腕が枝分かれしこちらへ来る。
私に始めから狙いを定めていたようにスーとこちらへ来るそれは、眼前でその先端を開き私を品定めするように見まわした。
少し怖い。
いや元々月は怖い。
サードムーンは美しく人々を魅了するが、それはどこか蠱惑的で危険で抗えない圧倒的な物だ。
本当にみんなが月を美しいと思い魅了されているのか私には解らない。
私たちは月に囚われている。
じわじわと湧き上がる恐怖がついに閾値を超えた時、私の中でブレーカーを落とすような感覚があった。
私が壊れた!
そして月が私の中へ入ってきた。
数時間、体が自分の物ではなくなったような感覚のままその場に立ち尽くし、私は月を見送った。
月は去って行き、私は月へは行けず、冬場にバニーガール遊泳を試みた馬鹿な女は風邪をひいて数日間寝込んだ。
本当に風邪だったのかは解らないが、ただひたすらに体は重く、心も重く、体重が3キロ減って、元気になって、その後5キロ増えた。
久々の学校。
空席が目立つクラスは、いつからかそうだった気がする。
隣の空席に誰が座っていたか、今はもう記憶にない。
そんなことよりも月の事が気になる。
今日も月の事が気になる。