Artist's commentary
特訓のかえりみち
「きょうは三メートルとんだぜ!」
「三メートル飛んだね」
「あしたは五メートルだな」
「明日? 二日連続はちょっと……」
「なにいってんだ、まいにちやらなきゃ霊夢のやつにおいつけないだろ?」
「霊夢は魔法使いじゃないだろう」
「でも空をとぶだろ」
「飛んでるね」
「なんで霊夢はふつうの人間なのに空をとべるの?」
「たぶん、あの子はふつうの人間じゃ……、いや、霊夢のことを聞かれても困る。僕が知るわけないだろ?」
「なんでもしってるんじゃなかったの?」
「博麗霊夢のこと以外ならなんでも知ってるよ」
「ふん、もういいぜ。あしたはひとりで特訓する」
「それは許可できないな。なんのためにわざわざ僕がこうしてあげてると思ってるんだ」
「こーりんはいつもひましてるからなー」
「あのねえー」
「……あれ、こーりん、なんで眼鏡われてるの?」
三十分前にはとっくに割れていた。ほうきごと空中から落下してきた魔理沙を、僕が体をはって受けとめたとき、魔理沙のかわりに犠牲になったものだった。魔理沙は今さらそれに気がついたのだ。
魔理沙のことを薄情者だとは思わない。普段の魔理沙を見ていればわかる、魔理沙はふつうの人間並みに他人の変化に敏感で、ふつうの人間並みに他人の心配ができる子なはずだ。魔理沙はむしろ、どちらかというといい子だった。
それでも、いちど夢中になると、熱が冷めるまで周りが見えなくなってしまうこともある。今日みたいに、魔法の特訓をしているとき、魔理沙はきまってそうなる。
ひとりにさせたくないのは、それが怖いからだった。周りが見えなくなると言ったが、おそらく自分自身に対してもそうだろう。今日、魔理沙が落ちてくるたびに、僕が身を挺して彼女を地面から守ったので、眼鏡のレンズは半分割れたし、丈夫に仕立てたはずの服もいつのまにかボロボロになっていた。擦り傷は数えきれない。でも、僕がいなかったらどうだろう? ちょっと怪我をするだけならまだいい。魔理沙はもしかしたら、自分が怪我をしていることにすら気づかずに、ストップをかけてくれる人もいないまま、限界までひとりで飛び続けてしまうかもしれない。
それに魔理沙になにかあったら、霧雨の親父さんにあわせる顔がない……特訓に付き合っているあいだ、癖のようにそう考えもしたが、これほど見当違いな心配事もあるまい。魔理沙と親父さんはもう他人なのだ。たとえ、魔理沙の身になにかが起こったとしても、霧雨の家には直接関係ないし、こちらからわざわざ教えにいく義務もない。
僕がこの子を守ってあげないと。この、ちいさな見習い魔法使いを、もろくて弱いただの人間の女の子を、そばで見守って、信じ続けてやれる大人は、もう自分しかいないのだから……。
■獣王園の慧ノ子の「泣きながら森に逃げてきた」発言が気になってしかたありません