Artist's commentary
いつ役に立つかも分からない将来を振り回しても今を支えられやしない
1851円。私の4年間の値段だ。
正確に言えば、私が大学生活の4年間で集めた本の値段だ。紙袋ぎちぎちに本を詰め込んで3往復。車の免許もなければ自転車にも乗れない私には歩く以外に古本屋に行く手段がなかったのだから、この腕に走るどうしようもないだるさと痛みも仕方のないこと。店を出て、流石に疲れて喉が渇いたので、思わず自動販売機でコーラを買ってしまう。4年間の値段が1721円に下がった。
一時の潤い。スカスカの紙袋。空き缶を入れるには大き過ぎるけれど、私の4年間が収まっていたにしては小さすぎる。まぁ、蒐集家であったわけでもないし、本が好きということもない。売りに出した本の半分以上は漫画で、それも最終巻まで揃えたものは一つもない。残りの半分はというと、教授が書いた買えば単位がもらえる本と、人に勧められたから一応は買ってみた小説と、気の迷いで買った自己啓発本と……。いずれも読破したものはないだろうと思う。
「安い人生」
思わず口をついて出た言葉ににやける。本の値段だけじゃない、何事も成し遂げられなかった己の人生を振り返って呟いたのだ。斜め横断を試みて、1分後には交通事故に遭遇して短い生涯を終える可能性もあるけれど、そうした悲しき例外を除けば、おそらくはこれから先まだまだ長い人生が待っている。そこで何かを手繰り寄せられれば、それでいいはずだ。でも、今の私には特にこうなりたいとか、こうしたいとか、そういう目標や夢のようなものは見当たらなかった。紙袋の中身と同じくらいスカスカだ。仕方がないので空き缶を放り込む。
「昔は何かあったはずなのになぁ」
やりたいこと、好きなこと、得意なこと。しかし、どれもきれいさっぱり売り払ってしまったのだからどうしようもない。そんなものだ。世の大概の人間は、かつて志した方向を歩んじゃいない。私も一緒だ。
紙袋に入った空き缶が落ちないように、目一杯紙袋を振り回して歩く。いつ役に立つかも分からない将来を振り回しても、今を支えられやしないのだ。この紙袋が空っぽになったおかげで、私は喉を潤せたし、これからちょっと良い外食にありつくことができるのだ。それでいいじゃないか。