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Artist's commentary
落日
電話の口が、何か呟く事を期待していた。
何か、好意的な言葉を話さないか。私が喜ぶ何かを話してくれないか。
その期待は私の呼吸に合わせて、電話口の細くすぼめた唇で吸い取られていった。
それも当然なのだ。順番で数えれば、先に呟くべきは私だからだ。
地平線の彼方から電話線を通って、電柱達はずっと点呼を続けていたのだ。
「1242...1243...1243番、次はお前、お前だよ!」窓の外の電柱がどなりかける。
まってくれ。何を言えばいいか分からないんだ。頼むからもう少し待ってくれ。
私は、誤解を受けないように、思いが正しく伝わるように、慎重に声を出したいんだ。
電話口も電柱も、残念ながら私の方針を理解してくれなかった。
沈黙の煙が、私の頭部を息苦しく包み始めていた。
やがて煙は両の手に姿を変えて、私の鎖骨を圧迫し始めた。
首を振って払いのけ、ふっと息を整えて意識を再び電話口へ向けるも、
舌は乾きひび割れ、干ばつした大地のような有様だった。
出来の悪いのど仏を、下手な彫刻家がより不細工に削らんとし、
気管はきつくゴムで縛られたパスタの袋のようになり、
犬歯と犬歯が互いを砕こうとしている。ファランクスの衝突だ。
こんな状況になっても、ザトウクジラなら歌を歌うのだろう。彼が羨ましかった。
私は歌うつもりは無かったが、歯と歯の隙間2cmから出た言葉は、
子供が出鱈目に鍵盤を弾いたような音階で空気を振動させ、電話口へと伝わった。
電話は切られた。