Artist's commentary
絶滅種
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前略
お久しぶりです。しばらくお目にかかっていませんでしたが、お元気でしたか。以前いただいたバラが、きれいな花を咲かせました。写真を同封しましたので、ご覧ください。
さて、こうして筆をとったのは、大妖怪である貴女にうかがいたいことがあったからです。
ご存じの通り、幻想郷には外の世界で忘れられ、消滅しかけた妖怪や神がやってきます。残念ながら、最近は外の世界の科学や技術の発展が著しく、信仰や未知の存在への畏れが薄れる一方であり、幻想郷に流れ着く妖怪や神の数も増えています。このままでは、ただでさえ乏しい幻想郷の資源が枯渇するのも時間の問題…私はそう危惧していました。
ところが、蓋を開けてみれば幻想郷は今までとなんら変わりなく存続しています。
どうもおかしい、と思って各方面に探りを入れたところ、「幻想郷の中から、妖怪や神が消えている」という異常事態が明らかになりました。それも、ほとんど痕跡を残さずに消えているのです。その妖怪や神と親しかったものに聞いても“××?誰?そんなのいたっけ?”などと答えるばかり…つい最近まで、確かに存在していたはずなのに。
たくさんの妖怪や神がやってこようとも、そうした現象があるおかげで資源の奪い合いが起きず、ひいては幻想郷の安定が保たれている、という見方もできるでしょう。しかし、私は心配なのです。もしかしたら、何か大きな異変が誰にも気づかれないうちに進行しているのではないか…まだ若く頼りない博麗の巫女の尻を蹴飛ばして、対処にあたらせるべきか…と。
私は “幻想郷の賢者”などと持ち上げられてはおりますが、実のところ、知らないことの方がはるかに多いのです。ぜひ、貴女のご意見をお聞かせくださればと存じます。
お返事をお待ちしております。私の心配が、どうか杞憂でありますように。
かしこ
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お手紙拝見しました。
バラの写真、ありがとうございます。大切に育ててくださっているようで、とてもうれしく存じます。
責任ある立場になられて、さぞかし心配事が多いことでしょう。私は草木を育てたり、花を咲かせたりすることしかできない妖怪ですが、先達として少しでもお力添えできればと存じます。
さて、ご心配されている件ですが、結論から申し上げますと、異変ではありません。太古の昔より繰り返されてきた、自然の営みのひとつです。
我々妖怪は、人間が抱く自然現象への畏れから生まれます。そして、神もその成り立ちはほぼ同じといって差し支えないでしょう。そして、妖怪や神は、畏れを抱く主体、すなわち人間なくして存在し続けることはできません。
幻想郷は、外の世界で忘れられ、消えかけた妖怪や神がやってくる場所です。神や妖怪の存在を当然のものとして受け入れ信じる人々に満ちた幻想郷なら、妖怪や神がお互いに関わり合う幻想郷なら、消えずにいられるのです。
それでは、もしその幻想郷の中ですら忘れられてしまったら、いったいどうなるのでしょうか?
…幻想郷とは、本来であればとっくの昔に消えてしまっているはずの妖怪や神が、最後のひと時を安らかに過ごし、どこかに還っていくための心積もりをするための場所…正しいかはわかりませんが、そういう解釈があっても良いのではないでしょうか。
私も古い妖怪です。以前は周りに仲間がもっとたくさんいた記憶があります。それがいつのまにか一人消え、また一人消え…気づけば私だけが残されていました。もう彼らの顔も名前も思い出すことができませんが、畑の手入れをしているときに、ふと思い出がよぎることがあります――ああ、昔はこんな時に茶を淹れてくれた友達がいたっけな…そういえば、いつもくだらない冗談を言い合いながら草むしりをした仲間がいたっけな――と。
でも、私はそれを悲しいことだとは思っていません。
なぜって、私もいずれは彼らと同じように忘れられ、消えていくのでしょう。だからこそ、一日一日を大切に生きようと思いますし…私が消えるときには、きっと彼らと同じところに行けると信じているのですから。
かしこ
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たびたび失礼ながらお便り申し上げます
幻想郷の秘密について、それから妖怪や神の秘密について教えてくださり、心より感謝いたします。
さて、お手紙を読ませていただいた率直な感想を申し上げます。
幽香さん、行かないでください。紫様や藍様が幻想郷から離れられ、心細かった私を励ましてくれた幽香さん。結界の管理者を引き継ぎ、辛く苦しい立場の私を支えてくださった幽香さん。私がどれだけあなたに助けられたことか。
お願いですから、ずっとそばにいてください。消えるなんて寂しいことを言わないでください。もっとわがままを言わせてください。
今度、太陽の畑に遊びに行きます。ご迷惑かもしれませんが、行かせてください。一緒にお話ししましょう。
かしこ
追伸 博麗の巫女がサボってばかりで困っています。昔、妖怪退治や異変解決に熱心だった、霊夢という巫女がいたことを覚えていらっしゃいますか?紫様は、いったいどうやって彼女を鍛え上げたのでしょうか。幽香さんは霊夢と親しかったとうかがっています。そこのあたりを、今度教えていただければと存じます。よろしくお願いいたします。
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