Artist's commentary
桃華様
桃華様は悩んでおられた。
次のライブに向けてのダンスのレッスンが思うように進まず、周りに迷惑をかけるのではないかという心配がさらにレッスンへの集中力を乱すという、堂々巡りに陥っていたのだ。
今は周りを気にせずレッスンに集中する勇気がほしい。
そう願いながら表情を曇らせレッスンを続ける、思いやりと責任感の強い桃華様の御姿に胸を打たれたPは自分にできることはないかと申し出た。
なぜかレッスン室を出て、人気のない場所へ連れていかれるP。
そこでPは思いもかけない提案を桃華様から持ち掛けられた。
「Pちゃま、わたくし考えたのですけれど、例えば、わたくしにとってそれ以外考えられないような、なにか大きな目的があればレッスンに集中できると思いますの。それで…その…、ボソボソ…ですの」
「桃華様…?」
「ラ、ライブを無事やりきれたなら、わたくしにごほうびのキスをしていただきたいんですの。…で、でももちろん無理ですわよね。わ、忘れてくださいましっ!///」
「桃華様のライブのためなら是非よろこんで」
「・・・ほ、ほんとですのっ?じゃあ、その、約束ですわよ」
・・・その後桃華様はしばらく、さっきのやりとりを思い出しては顔を赤くする様子を繰り返していたが、そのうち練習に集中できるようになったようだ。
そして、ライブ当日・・・。
全身に汗をにじませ頬を紅潮させた桃華様が満足そうな笑みを浮かべながらステージから戻ってきた。
ライブは大成功だった。
桃華様のダンスもすばらしい仕上がりで、ライブの盛り上がりに一役買ってくれたとPも自信をもって桃華様に伝えることができた。
無事大役がこなせた安心と喜びで、普段は見せてくれないようなほころんだ笑顔を見せてくれた桃華様にだきつかれ、大きな歳の差にもかかわらずドギマギしてしまうP。
肩とおなかが大きく露出しているステージ衣装である。
直接触れるしっとりと汗で濡れた弾力のある艶やかな肌の感触と汗の香りは少女ながら健康的な色気を発している。
「ありがとうPちゃま・・・」
このライブを通してまたひとつアイドルとしてのキャリアを積み、苦手なダンスも克服したと大切なファンの前で証明できた桃華様。
ほんとうに良かったと桃華様の頭に手をのせつつ、Pは考えていた。
「あの約束はどうするんだろう・・・?」
軽い打ち上げパーティも終わり、アイドルたちは着替えて解散という流れになったが、桃華様は今日のライブの興奮からか、しばらくPとライブの感想などについてとりとめのない会話を続けていた。
同じような話題を繰り返す桃華様に、もしかしてわざと会話を引き延ばしているのではと思いつつ、調子を合わせるP。
間もなく他のアイドルや関係者も皆いなくなり、2人もそろそろ帰宅しようということになった。
更衣室へは打ち上げに使った楽屋から直接行ける。
更衣室のドアの前まで進んだ桃華様が顔を赤らめつつ意を決したようにPの方へ振り返り、照れながら、しかしこちらをまっすぐ見つめて切り出した。
「Pちゃま、約束の件は明日、わたくしの家でお願いしますわ。明日ならPちゃまもわたくしもオフですし・・・。今後の仕事の打ち合わせということにして訪ねてくださいな」
「あ、ああ、じゃあ明日、・・・13時、に・・・」
「お、お願いしますわよっ」
紅潮した顔を見られないように更衣室の扉を急いで閉める桃華様。
Pが一瞬だけとらえたその表情には期待の笑みが浮かんでいるように見えた。
翌日。
「すいません、Pですが、櫻井桃華様の今後のスケジュールについて相談に伺いました」
桃華様に言われたとおりに執事に伝え、屋敷内に通されるP。
屋敷の扉を抜けると、正面にある二階へ登るらせん階段を降りてくる桃華様がこちらに気付き、そっと右手で髪の乱れを気にしつつ笑顔になって言った。
「Pちゃま、お待ちしてましたわ!さ、わたくしの部屋へいらしてくださいな」
両親への挨拶を先に済ませるべきだと心配するPだったが、今日は留守にしているそうだ。
両親ともに忙しい方だし、平日ともなればそれも当然かと思いつつ桃華様の部屋に通されるP。
その広さは当然として、ピンクを基調としたかわいらしくも落ち着いた雰囲気は桃華様らしい。
「うちまで来ていただくのは悪いかと思ったのですけど、その、わたくしも初めてですし、どこでもいいというわけにはいかなかったんですのよ。それで・・・」
そこまで言いかけて少し言葉を探す様子を見せ、桃華様は部屋の奥へ歩いていき、大きく開けた窓のカーテンに手をかけて言葉を繋いだ。
「どうしても、誰もいない2人だけの、静かな場所がよかったんですの。・・・神様にも内緒の、わたくしとPちゃまだけの、ひみつ・・・」
こちらを振り返りながらカーテンをゆっくり閉める桃華様の姿はその隙間からさす逆光に照らされ光に包まれているかのようだった。
それは天使が存在するならばかくやと思えるような純粋なかわいらしさをたたえつつ、赤みがさした頬とやや潤んだ瞳が肩とうなじの際立つ白さとあいまって淫靡な魅力を醸していた。
隙間から覗く十字架もカーテンに隠れ、うっすらとしたピンク色の明かりに包まれた部屋を桃華様がこちらへ向かって歩いてくる。
Pはここに来て自信を失っていた。
この少女の唇に触れたときに自らの内に沸き上がるであろう欲情を抑えることができるだろうか。
答えはすでに出ている。考えるまでもない。
アイドルに、ましてやプロデューサーとしての自分が担当するアイドルに欲情するなど許されるはずもないのだ。
どうあっても欲情に飲まれるわけにはいかない。
そう自らに言い聞かせて自制心を奮い立たせようとがんばるPの脳裏に、さきほどの桃華様の言葉がふとよぎった。
「・・・神様にも内緒の、わたくしとPちゃまだけの、ひみつ・・・」