Artist's commentary
天使の日
The angel song.[天使の日]
注1:3000文字に抑えようとした結果、中間をずっぽり抜いた仕様になっています。元は1万以上あって、バイオレンス&〇〇〇な展開だった。
注2:「鋼の大地」既読者向けの、勝手な二次妄想テキストです。未履修やこういった部分からの二次を受け付けない方は、Uターン推奨です。
注3:青本を片手に読み返しながら読むことを推奨します。だいぶ後付けの設定もあります。考古学。
The angel song.
◇「チューニングを教えなさい」
■「…は?」
男が目覚めると、天使の顔がそこにあった。固く、切り取った石の上に布を重ねただけのものではないかとさえ思える固い寝台の上、男の上にまたがって仁王立ちする天使がそこにいた。
こちらを見下ろして放った言葉を、はじめは理解できなかった。男は覚醒しないままの頭で思考し、確かめるように聞きなおす。
■「は?」
◇「だぁから、チューニングを、お・し・え・て~~~~!」足を狭め、足首で男の胴体を締め上げる
■「やめろぉ!くっついだばかりのアバラがまた折れるだろうが!!」
朝である。
◇「貴方のほうじゃないの!このギター、チューニングがあってないって教えてきたのは、ということは音があってた時のことも知ってて、直し方も知ってるんでしょう!?」
どうやら、ギターのチューニングらしい。覚えが良くここの暮らしにも馴染んできた天使だったが、ただひとつその技術を上達させないものがあった。
つまるところ「歌」なのだが、この通りである。ギターのチューニングがあっていないから、思った通りの音に、そも、ならない。
仕打ちはともかく事情はわかった。男は上着の袖に腕を通しながら、天使の言葉に答えた。
■「いや知らん」
◇「御無体なー!」
■「もとの持ち主がやってたんだよ。そいつには極力触らないでいたが、弦ってのは放っていても伸びちまうもんなんだ。俺にはどうしようもない」
ふくれっ面の天使を部屋に残し、男は半ば投げやりに言い捨てながら「仕事」へ向かった。
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男の言葉は嘘ではない。たしかに、持ち主が健在のころは自分でも触っていたもので、多少なりとも経験はあった。
だがギターというものは少なくとも、1本、弦の音が正しくないと、他の弦を合わせることはできないのだ。
その原音を記憶し判別することは技能であり、それを持たぬ者には機材が必要になる、今や持ち主と共に失われた知識であった。
■「本当に、どうしようもない」 八つ当たり交じりに引き金を引いた。放たれた弾丸は、今朝のふくれっ面の主そっくりの天使の脳天を打ち抜いた。
天使を養うために、天使を狩る。天使によるストレスを解消するために、天使を殺す。なんと流転する退屈な日々だろう。
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◎「やあや、まったシケた貌してるねぇ。そんなにつまらない生ならあえて閉じる選択肢もあるけど?」
日の高いうちに仕事を終えた帰り、寄ったバーのカウンター。何の悪意も無く放たれる言葉が、横の席にどっと陣取る音と共に男の耳に入ってきた。
■「蟻に象の理屈を押し付けるな。たしかにつまるもののない一日だったが、それで死ぬ理由にはならねえよ」
声をかけてきたのは、天使だった。男の部屋に居ついた「天使」とも、男が生業のために殺す「天使」とも違う、「亜麗」に据えられた「天使」。
親しげに話しかけては来るものの、男はその天使の性能を知っている。ゆえに、少しも水がおいしく感じられなかった。横に自律する核ミサイルが置かれている気分だった。
◎「水でいいの?なんならおごってあげようか?」
■「ちがう。これしか飲めないんだよ。おまえたち基準で俺を見るな」
◎「そっか、そうだった。アリとゾウだった。「ゾウ」ってのがどんなのかは、わからないけれどもさ」
―ひと区切りおいて、男は天使に声をかける。
■「なあお前、暇か?」
◎「ぜんぜん暇じゃないけれど、何?」
■「―――頼みがある」
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◇「おっかえりー!今日も死ななかったね!いっぱい稼いだかな!?ケガはしていないかな!?浮気しなかったかな!?」
■「うるせえ」
男は無愛想に上着を脱いで壁にかけた。天使は多く語り掛けたが特に返事もなく、保存庫の水を飲みシャワー室へ向かう...前に、天使の座る脇にいくつかの本とガラクタを投げてよこした
音楽の教本と、チューニング用の音叉、ほかそれらに準ずる器具である。
■「それだけあれば自分でチューニングできるだろ、」
◇「ほわー!神(ゴッド)!!それでこそ私を殺した男ー!!」
■「どういう喜び方だ…」
喜ぶ天使をあとにして、男は「今日一日何事も無かったかのように」シャワーへ向かった。
実のところ、満身創痍である。シャワーに打たれながら、生傷に染みる湯を耐えながら、男は数十分前の会話を思い出した。
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◎「いやぁ、なんとも、あの状況から生還できるもんだね!いい勉強になったわ!」■「地獄を見た」
◎「デートとしては、悪くなかったんじゃない?」
冥府への旅路。過去の遺跡群探索。地獄そのものだった。
■「おそらく次はないだろう、また同じくらい危ない瞬間があったら、きっともろともに死ぬ。どっちかの行動次第で片方が生きられる芽があったとしても、俺はなにもせずに率先して死んでやるさ。でお前も死ね」
◎「ひどいなぁ! でも楽しかった。あんたが己の境遇に辟易して、自ら死ぬ選択をとらないのって、うん、地べたを這いずることにも楽しみを見出してるからかもね」
そんなわけないだろう。という全力の抗議を男は表情に表したが、そんなものを天使が読み取ることはなく。またね と手を振って自らの帰路につく。男もそのまま、体力の尽きた体を気力だけで動かし自らの住処を目指した。
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今日も死ぬかと思った。そもすでに世界は人間の生きられる環境じゃなく、意地汚く生きている自分の方が悪いというほどに、世界は世界なりに在るのみの営みの中で、今日も死ぬところだった。
死ななかったというだけで、汚染はだいぶ進んでしまった。大きく寿命を縮めただろう。いったい、なんのために、このような苦行を重ねているのかわからなくなる。今日はとくにひどい一日だった。
「なぜ生きているのか」と問われると、そのたびにどうしようもなく、なにかということもなく、すべてに嫌気が差してくる―。
いったいどうして俺は、こんな―。
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その時。
リビングから、ギターの音が聞こえてきた。正しい旋律が、天使のイメージ通りに引き出されじはじめたメロディが聞こえてくる。
「天使」はこの街に住むものの想念からなる基盤によって顕現している。その彼女が奏でるメロディは、男の知るものだった。
生前に、姉が奏でていたメロディ。
■「・・・・・・・。」
男は、静かに目を閉じて、シャワーの水音の隙間から聞こえてくる音色に耳を傾けた。
原型の察しはつくものの、いましがた整ったばかりのギターで、ようやく調子の整い始めた音楽。
嗚呼、仮に今、死にたくない理由があるとするならば―。